2016-10-01から1ヶ月間の記事一覧

京都 法界寺  2016/09/30

日野誕生院に接するようにしてある「法界寺」、この辺りは日野氏の広大な領地、1051年に日野資業が現地にあった山荘を寺院に改め、薬師堂を建てて、堂内に日野家伝来の最澄作と伝わる薬師如来の小像を胎内に納めた薬師仏を安置したのにはじまると云われてい…

京都 補陀洛寺(小町寺)  2016/10/15

洛北の小野小町ゆかりの「小町寺」、正式には「補陀洛寺」ですが、鞍馬街道沿いの石碑は「こまちでら」と彫られていてこちらのほうが有名のようです。叡山電鉄「出町柳駅」乗車、終点の「鞍馬駅」の少し手前「市原駅」で下車、砂利を積んだ大型ダンプがもの…

京都 蓮華寺  2016/10/15

この日も最後は「蓮華寺」、大原の行きか帰りに寄ったり、曼珠院や瑠璃光院と一緒に廻ったり、もう拝観券替わりにいただける蓮の葉のしおりがあと一枚で二桁になります。山門をくぐり庫裏へ入るまでの境内は、大原へ向かう街道から約30mぐらいですが一気に静…

近江 延暦寺横川  2014/04/26

1571年、織田信長の焼き討ちに遭い諸堂のほとんどを失います。その後、豊臣秀吉、徳川家康の援助を受け、江戸時代の初めごろに現在の規模に復興して今日に至っています。「不滅の法灯」がある根本中堂も全焼しますが、山形県の立石寺に分灯されていたものを…

奈良 脳天大神龍王院  2015/08/22

吉野中千本、近峯山寺の蔵王堂から西側の階段を下り、南朝妙法殿、仏舎利宝殿の脇道を進み、ここからさらに下ります。蔵王堂からは下り階段450段です。途中で引き返そうと立ち止まった時に袈裟を身に付けた僧侶がいらっしゃってご挨拶、「あとどれぐらい下る…

京都 日野誕生院  2016/09/30

京都の寺院のほとんどを焼き尽くした「応仁の乱」、その発端に関わったことで悪名高きとも言われる「日野富子」。一説には、八代将軍足利義政の正室・富子が我が子を将軍に継がせたいとする母の思いは当然のことで問題はその取り巻きにあった、みたいな話も…

京都 豊国廟  2016/10/15

500段余りの階段、上りきれば秀吉公の五輪石塔が見られる。太閤坦から最初の階段を上り中門へ、そこから見えるのは壁のように立ちはだかる急な階段。真っすぐ天に向かうようで怖い。この傾斜で手摺はないの? 上醍醐寺や室生寺奥の院の石段も半端じゃなかっ…

京都 醍醐寺塔頭理性院  2016/09/30

三宝院、金剛王院と並ぶ醍醐寺塔頭寺院「理性院」、真言宗醍醐派、御本尊は太元帥明王で「太元さん」とも呼ばれています。太元帥明王は、密教の明王として平安時代前期に日本に伝わり、悪獣、外敵打ち滅ぼす力を有することから、外敵から国を護る修法として…

京都 醍醐寺塔頭一言寺  2016/09/30

伏見区にある醍醐寺の塔頭寺院「一言寺」、正式な寺名は「金剛王院」、真言宗の寺院です。創建の詳細は不明ですが、平安時代後期から鎌倉時代の初期に阿波内侍が開基となり一言寺が創建されます。一方正式な寺名の金剛王院は平安時代の後期に醍醐山内に醍醐…

近江 木之本地蔵院  2014/03/15

琵琶湖の東岸北、長浜市木之本にある「浄信寺」、地元では「木之本地蔵院」として親しまれている時宗の寺院です。境内にある高さ6mの「地蔵菩薩大銅像」、実は秘仏の御本尊「地蔵菩薩」を模したものということです。眼の病にご利益があるお地蔵様、御本尊が…

近江 延暦寺西塔  2014/04/26

伝教大師最澄上人が788年に開山した「比叡山延暦寺」、当時の沈滞した日本仏教界に失望した上人が天台の奥儀法華経を中心とした新たな仏教のよりどころを立てるため一乗止観院を建立、そして鎮護国家の精神を貫いたので嵯峨天皇から「延暦寺」の寺号を賜り戒…