山門

笠置型灯篭

解脱鐘


笠置寺の創建については諸説ありますが、「笠置寺縁起」によると白鳳11年(682年)、大海人皇子(天武天皇)の創建とあります。しかし「今昔物語集」には天智天皇の子である大友皇子が・・・ 正に天智天皇の後継を争う壬申の乱で闘った当事者の二人、そのどちらかが創建との説、奈良に都が置かれる前のお話になります。


大師堂

後醍醐天皇行在所

弥生時代に巨石を神と崇拝する「磐座信仰」の聖地となった「笠置寺」、平安・鎌倉時代には、末法思想の広がりにより弥勒菩薩の霊場として京の都から多くの貴族が「笠置詣」を行ない、南都仏教界の高僧、解脱上人を迎え最盛期となりますが、南北朝の時代、鎌倉幕府との戦乱の地となり全山焼亡、後醍醐天皇は隠岐に流されます。以後、荒廃と復興を繰り返しながらも明治初期に無住の寺となります。明治9年、丈英和尚が復興に20年もの歳月をかけ尽力、現在に至ります。


正月堂

伝虚空蔵磨崖仏

千手窟

胎内くぐり

ゆるぎ石

「もう上らない」、大きな巨石の御本尊にすがりつくようにして祈ります、対向車は来ないように・・・ 無謀にも険しい上り道を下手な運転で上ります。朝早くでしたから対向車はなく境内下の駐車場に無事到着でした。でも参拝後、境内を散策しながら「無事に下までたどり着けるだろうか」、頭の中はそれで一杯、最近下手な運転で運まかせの突入が多くていつか罰が当たるかも… でも華やかな室町文化の中心だった洛内から遠く離れた木津川上流の山峡の地、無謀な運転でも決行しなかったら来られなかった「笠置寺」、結構長い下り道でしたが対向車も来なくて無事山を脱出することができて一安心 (^^; 皆さんも車で行くときはお気をつけてくださいネ!
後醍醐天皇の仮皇居「二の丸跡」

貝吹き岩

見渡す絶景

